鎌倉時代の随筆 鴨長明の「方丈記」

鎌倉時代の随筆 鴨長明の「方丈記」


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『行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひは、代々を經て盡きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。或はこぞ破れ(やけイ)てことしは造り、あるは大家ほろびて小家となる。住む人もこれにおなじ。所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。あしたに死し、ゆふべに生るゝならひ、たゞ水の泡にぞ似たりける。知らず、生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る。又知らず、かりのやどり、誰が爲に心を惱まし、何によりてか目をよろこばしむる。そのあるじとすみかと、無常をあらそひ去るさま、いはゞ朝顏の露にことならず。或は露おちて花のこれり。のこるといへども朝日に枯れぬ。或は花はしぼみて、露なほ消えず。消えずといへども、ゆふべを待つことなし。』



鎌倉時代の随筆 鴨長明の「方丈記」

(かまくらじだいのずいひつ かものちょうめいの ほうじょうき)


行く川の流れは、たえず流れていて、もとの所にとどまってはいない。いつも流れ続けている。人の世の有り様もそうで、世は移ろい流れ経るものだ。水のよどみに浮かんだ泡が生まれては、またすぐに消えるように…。

朝、草花の上に降りた露があろうと、それは夕方にはすでに消えて無い。


止まない雨はない。朝の来ない夜はない。歌は世につれ、世は歌につれ。

たとえ中学校でいじめにあっていたとしても、それはその時期のほんの一瞬の間のことでしかない。

自分の居場所がないのなら、チャンネルをかえて、別の扉を開けばよい。

捨てる神あれば、拾う神あり。

Good lack!








この記事へのコメント

2019年07月10日 08:25
大学教育の流れとして、文学や文系の学部の削減を促す動きが一部にあるとどこかで聴いたのですが、文系の学問にもそれなりの価値があると自分などは想います。先人の文化の知恵が、大いに役立つことがあることを自分は身を持って知っている部分があるので。

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